アンティオキアのイグナティオス?–110年頃

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Smyrn, Caput II スミュルナ人へ 第II章

Ignatius of Antioch · Epistulae septem · 1 sectio

Epistulae septem Smyrn.2.1

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Ταῦτα γὰρ πάντα ἔπαθεν δἰ ἡμᾶς, ἵνα σωθῶμεν: καὶ ἀληθῶς ἔπαθεν, ὡς καὶ ἀληθῶς ἀνέστησεν ἑαυτόν, οὐχ ὥσπερ ἄπιστοί τινες λέγουσιν, τὸ δοκεῖν αὐτὸν πεπονθέναι, αὐτοὶ το δοκεῖν ὄντες: καὶ καθὼς φρονοῦσιν, καὶ συμβήσεται αὐτοῖς, οὖσιν ἀσωμάτοις καὶ δαιμονικοῖς.

これらすべてを彼は我々のために受難した、我々が救われるためである。そしてまことに受難し、まことに自らを甦らせた——ある不信の者たちが言うように、彼が受難したのは見せかけだ、というのではない。彼ら自身が見せかけなのである。そして、彼らが考えているとおりのことが、彼らにも起こるであろう、肉体なき者、悪霊のような者として。