典拠
- 版
- Perseus Digital Library, edition perseus-grc2 — printed source: K. Lake / J. E. L. Oulton / H. J. Lawlor (edd.), Eusebius, The Ecclesiastical History (Loeb Classical Library), 1926–32
- 引用形
- Eus. HE 2.23–6.12
- 本文の由来
- 近代の校訂版による。ミーニュ『ギリシア教父全集』ではない。レイク/アウルトン版(Loeb, 1926–32)の Perseus 版翻刻を底本とし、エウセビオス『教会史』の19章を章まるごと切り出した(
2.23・3.19・3.20・3.31・3.32・3.39・4.3・4.6・4.8・4.22・4.26・4.27・5.5・5.13・5.18・5.19・5.24・5.25・6.12)。巻・章・節の番号はすべてエウセビオスのもの(版のもの)であるので、Eus. HE 3.39.15で『教会史』に戻れる。★これはエウセビオスの本文であり、その中に二世紀の断片が伝わっている。収めたのは章まるごと・エウセビオスの地の文込みで、8,097語のうち断片の著者自身の言葉は半分に満たない(4.6・4.27・3.19・5.5の4章には、その著者の言葉が一語も無い——各行のdirect_quotation: falseがそう宣言している)。引用だけを抜いて地の文を注に落とすミーニュ/ラウスのやり方は採らない。ライトフット(1891)・フンク(1901)以降の版はみな章まるごとで刷る(docs/pg-sources/fragmenta-conventions.md)。★その結果、本サイトの本文はミーニュの欄より長い。ミーニュは引用だけを刷って地の文を落とすので、同じ章でも収める語数が違ってくる。ヘゲシッポスで測ると、ミーニュが刷るのは1,442語、本サイトが収めるのは2,837語で、ほぼ二倍である(docs/pg-volumes/fragmenta-he-hegesippus.md)。欄と突き合わせる読者は、必ずこの差に出会う。★ミーニュの断片のうち、ここに入らないものがある。パピアス 9+1のうち3、メリトン 10のうち3、ヘゲシッポス 6のうち5(VI はフォティオス経由で、ギリシア語がどこにも残らない)、パンタイノス 2のうち0、Anonymi 11のうち0、アリスティデスは本文が無い。入っていないものがあるから、題に「エウセビオス『教会史』に伝わる」と入れてある。★第5巻の虫食いは残る。5.14–5.17は収めていない(理由はdocs/pg-volumes/fragmenta-chapters.md§3)。モンタノス派の起こりはEus. HE 5.14–5.17に語られる。本サイトは未収である。この一行は負っている責任である——本サイトは既にEus. HE 5.3.4を公開しており、そこにモンタノス・アルキビアデス・テオドトスの名が訳出され、「かの者たちについて不一致が生じていた」と読める。その「不一致」が何だったかを説明する章が5.14–5.17である。しかもこの作品の5.18(アポロニオス)・5.19(セラピオン)はそのモンタノス派論駁の続きにあたるので、本サイトはモンタノス派の話を、始まりを欠いたまま途中から収めていることになる。(4.27・5.18・5.19のΦρύγες/κατὰ Φρύγας αἵρεσιςが何を指すかは、章の中では説明されない。)★落とした章も宣言してある。scripts/eusebius_extract.pyのNOT_TAKENに、12章・4,542語を理由つきで残してある(4.7707・5.161,216・5.28871・6.13346・4.13279・5.17261・4.11536・3.11111・3.1658・4.2155・5.1465・5.1537)。最大はHE 4.7(アグリッパ・カストル)の707語で、ミーニュが断片の見出しを立てず、章に直接引用が一つも無いので落とした。(docs/pg-volumes/fragmenta-chapters.mdが「4,586語」「711語」とするのは旧底本 First1KGreek で数えた値である。上の数はいまの底本 Perseus で数え直したもの。)★5.25の帰属はミーニュに合わせた宣言である。ミーニュはTheophili Fragmentumと単数で立てるが、原文はカイサリアのテオフィロス・ナルキッソス・カッシオス・クラロスらの教会会議の書簡である。★版は引用の境に<q>を打っている(この19章で106個)。配達物raw/ogc/fragmenta-ii-saeculi.jsonlの各行にquotes(本文の中の文字の位置)として運んである。切り分けは校訂ではなく版の翻刻に属する。ミーニュでは PG 5, 1145–1400 の断片群のうち『教会史』を出典に持つ分に当たる。★ただし5.24に入るエイレナイオスの書簡だけは、ミーニュでは PG 5 の側に無い。この章はポリュクラテスとエイレナイオスの二人を持ち、エイレナイオスの分はローマの監督ウィクトルに宛てた書簡の断片で、その書簡はこの章にしか残らない。ミーニュはそれを PG 5 の断片群に置かず、エイレナイオスの巻すなわち PG 7 の側に置いている。この作品の欄を PG 5 だけで探すと、この一人ぶんは見つからない(docs/pg-volumes/fragmenta-chapters.md§4.3、docs/pg-volumes/fragmenta-he-5-24-6-12.md)。
目次
Liber II, Caput XXIII第II巻 第XXIII章25 §
Liber III, Caput XIX第III巻 第XIX章1 §
Liber III, Caput XX第III巻 第XX章9 §
Liber III, Caput XXXI第III巻 第XXXI章6 §
Liber III, Caput XXXII第III巻 第XXXII章8 §
Liber III, Caput XXXIX第III巻 第XXXIX章17 §
Liber IV, Caput III第IV巻 第III章3 §
Liber IV, Caput VI第IV巻 第VI章4 §
Liber IV, Caput VIII第IV巻 第VIII章8 §
Liber IV, Caput XXII第IV巻 第XXII章9 §
Liber IV, Caput XXVI第IV巻 第XXVI章14 §
Liber IV, Caput XXVII第IV巻 第XXVII章1 §
Liber V, Caput V第V巻 第V章9 §
Liber V, Caput XIII第V巻 第XIII章9 §
Liber V, Caput XVIII第V巻 第XVIII章14 §
Liber V, Caput XIX第V巻 第XIX章4 §
Liber V, Caput XXIV第V巻 第XXIV章18 §
Liber V, Caput XXV第V巻 第XXV章1 §
Liber VI, Caput XII第VI巻 第XII章6 §