アレクサンドリアのディオニュシオスc. 190–265

Patristica — 教父文献 日本語対訳 › Patrologia Latina › Vol. 5 › Epistola II

Caput IX 第IX章

Dionysius of Alexandria · Epistola II · PL 5, 124A · 3 sectiones

Epistola II 9.1

1

Ita quidem unitatem indivisibilem in Trinitatem dilatamus, et rursum Trinitatem quae minui nequit, in unitatem contrahimus. 8.

PL 5, 124A

このようにして我々は、分割されえない一なるものを三なるものへと押し広げ、また逆に、減じることのできない三なるものを一なるものへと収縮させるのである。8.

Epistola II 9.2

2

Τῶν ὑπ' ἐμοῦ λεχθέντων ὀνομάτων ἕκαστον ἀχώριστόν ἐστι καὶ ἀδιαίρετον τοῦ πλησίον· Πατέρα εἶπον, καὶ πρὶν ἐπαγάγω τὸν Υἱὸν, ἐσήμανα καὶ τοῦτον ἐν τῷ Πατρί Υἱὸν ἐπήγαγον· εἰ καὶ μὴ προειρήκειν τὸν Πατέρα, πάντως ἂν ἐν τῷ Υἱῷ προείληπτο. ἅγιον Πνεῦμα προσέθηκα· ἀλλ' ἅμα καὶ πόθεν καὶ διὰ τίνος ἧκεν ἐφήρμοσα. οἱ δὲ οὐκ ἴσασιν ὅτι μήτε ἀπηλλοτρίωται Πατὴρ Υἱοῦ, ἧ πατὴρ, προκαταρκτικὸν γάρ ἐστι τῆς συναφείας τὸ ὄνομα. οὔτε ὁ Υἱὸς ἀπῴκισται τοῦ Πατρός· ἡ γὰρ ΠΑΤΗΡ προσηγορία δηλοῖ τὴν κοινωνίαν ἔν τε ταῖς χερσὶν αὐτῶν ἐστι τὸ Πνεῦμα, μήτε τοῦ πέμποντος, μήτε τοῦ φέροντος, δυνάμενον στέρεσθαι· πῶς οὖν ὁ τούτοις χρώμενος τοῖς ὀνόμασι, μεμερίσθαι ταῦτα καὶ ἀφωρίσθαι παντελῶς ἀλλήλων οἴομαι; Καὶ μετ' ὀλίγα (inquit Athanasius), ἐπάγει λέγων' 9.

PL 5, 124A

私が述べた名のそれぞれは、その隣にあるものから切り離すことも、分かつこともできない。私は父と言ったが、子を導き入れるより前に、すでにこの子をも父のうちに示していた。私は子を導き入れたが、たとえ父をあらかじめ言っていなかったとしても、まったく子のうちにあらかじめ含まれていたであろう。私は聖なる霊を加えたが、それがどこから、また誰を通して来たかを同時に結びつけた。しかし彼らは知らない——父は、父であるかぎりにおいて子から疎遠になっておらず、この名はまさに結合の端緒となるものだからである、ということを。子もまた父から離れ住んではいない。なぜなら「父」という呼び名は交わりを示すからである。そして彼らの手のうちにも霊があるが、それは送る者からも、運ぶ者からも奪われることはできない。それならば、これらの名を用いる私が、どうしてこれらが互いにまったく分けられ、隔てられたものだと考えるだろうか。そして少し後で(とアタナシオスは言う)、彼は付け加えて言う。9.

Epistola II 9.3

3

Οὕτω μὲν ἡμεῖς εἴς τε τὴν ΤΡΙΑΔΑ τὴν μονάδα πλατύνομεν ἀδιαίρετον, καὶ τὴν ΤΡΙΑΔΑ πὰλιν ἀμείωτον εἰς τὴν μονάδα συγκεφαλαιούμεθα. (Adducuntur haec ab Athanasio, ubi supra, n. XVII, p. 254.) Ex eodem libro secundo.

PL 5, 124B

このようにして我々は、分割されえない一なるものを三なるものへと押し広げ、また減じることのない三なるものを、再び一なるものへと収め束ねるのである。(これらはアタナシオスによって、前掲箇所、第17節、254頁に引かれている。)同じ第二巻より。