アレクサンドリアのディオニュシオスc. 190–265

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Dionysius of Alexandria · PL 5, 90B–100A

Epistola I

第I書簡PL 5, 90B
1

Dionysius epistolas memorat a se scriptas tum ad Stephanum papam, tum ad Dionysium et Philemonem presbyteros, de baptismo haereticorum et de haeresi Sabelliana.

PL 5, 90B

ディオニュシオスは、異端者の洗礼とサベリウス派の異端について、父ステファヌスへ、またディオニュシオスとフィレモンという二人の司祭へ、自ら書き送った書簡を回顧している。

2

Ἐπεστάλκει μὲν οὖν πρότερον (Στέφανος) καὶ περὶ Ἑλένου καὶ περὶ Φιρμιλιανοῦ, καὶ πάντων τῶν τε ἀπὸ τῆς Κιλικίας καὶ Καππαδοκίας καὶ Γαλατίας, καὶ πάντων τῶν ἑξῆς ὁμορούντων ἐθνῶν, ὡς οὐδὲ ἐκείνοις κοινωνήσων διὰ τὴν αὐτὴν ταύτην αἰτίαν, ἐπειδέ τοὺς αἱρετικοὺς, φησὶν, ἀναβαπτίζουσι. καὶ σκόπει τὸ μέγεθος τοῦ πράγματος. ὄντως γὰρ δόγματα περὶ τούτου γέγονεν ἐν ταῖς μεγίσταις τῶν ἐπισκόπων συνόδοις, ὡς πυνθάνομαι· ὥστε τοὺς προσίοντας ἀπὸ αἱρέσεως, προκατηχηθέντας, εἶτα ἀπολούσασθαι, καὶ ἀνακαθαίρεσθαι τὸν τῆς παλαίας καὶ ἀκαθάρτου ζύμης ῥύπον. καὶ περὶ τούτων αὐτοῦ πάντων δεόμενος ἐπέστειλα. [0089] Et aliquanto post prosequitur Dionysius.

PL 5, 90B

さて彼は、以前にも、ヘレノスについて、またフィルミリアヌスについて、さらにキリキア、カッパドキア、ガラティアから出た者たちすべて、およびこれに続いて境を接するすべての民について書き送っていた。同じこの理由のゆえに、彼らとも交わりを持たぬつもりだ、というのである。彼が言うには、彼らは異端者たちに再び洗礼を授けているからである。この事柄の大きさを見よ。実に、私の聞くところでは、司教たちの最も大きな教会会議において、これについてこう定められている。異端から来る者たちは、まずあらかじめ教えを授けられ、そののちに洗い清められ、古く汚れた酵母の穢れから改めて清められるべきである、と。これらすべてについて彼に願いながら、私は書き送った。そして、しばらくのちにディオニュシオスは続ける。

3

Περὶ γὰρ τοῦ νῦν κινηθέντος ἐν τῇ Πτολεμαΐδι τῆς Πενταπόλεως δόγματος, ὄντος ἀσεβοῦς καὶ βλασφημίαν πολλὴν ἔχοντος περὶ τοῦ παντοκράτορος Θεοῦ καὶ πατρὸς τοῦ κυρίου ἡμῶν Ἰησοῦ Χριστοῦ, ἀπιστίαν τε πολλὴν ἔχοντος περὶ τοῦ μονογενοῦς παιδὸς αὐτοῦ καὶ προτοτόκου πάσης κτίσεως, τοῦ ἐνανθρωπάσαντος λόγου, ἀναισθησίαν δὲ τοῦ ἁγίου πνεύματος· ἐλθόντων ἑκατέρωθεν πρὸς ἐμὲ καὶ πρὸ γραμμάτων, καὶ τῶν διαλεξομένων ἀδελφῶν, ἐπέστειλά τινα ὡς ἐδυνὴθην παρασχόντος τοῦ Θεοὕ, διδασκαλικώτερον ὑφηγούμενος· ὡς τὰ ἀντίγραφα ἔπεμψά σοι.

PL 5, 90B

実に、いまペンタポリスのプトレマイスで起こった教えについてであるが——それは不敬であり、全能の神、我々の主イエス・キリストの父について多くの冒瀆を含み、その独り子にしてすべての被造物の初子、人となった言葉について多くの不信を含み、聖なる霊については無感覚である——、双方から私のもとへ書簡が届き、また論じ合おうとする兄弟たちも来たので、神が与えてくださるかぎり、私にできる限りのことをし、いっそう教え諭す仕方で説き明かしながら、いくつかの書簡を書き送った。その写しをお前に送ったとおりである。

4

1. Antea quidem litteras scripserat (Stephanus) de Heleno et de Firmiliano, ac de omnibus per Ciliciam et Cappadociam cunctasque finitimas provincias constitutis, testans sese ob eamdem illam causam ab illorum communione discessurum, quod haereticos rebaptizarent.

PL 5, 92A

かつてステファヌスは、ヘレノスとフィルミリアヌスについて、またキリキアとカッパドキア、およびこれに隣接するすべての属州にいる者たち全員について、先に書簡を書いていた。異端者たちに再び洗礼を授けているという、まさにその同じ理由のゆえに、自分は彼らとの交わりを絶つつもりであると証言しながら。

5

Ac vide negotii gravitatem. Re enim vera in maximis, ut audio, episcoporum conciliis decretum est, ut qui ab haeresi veniunt, primum doctrina instituti [catholica] ac deinde veteris et impuri fermenti sordibus per baptismum purgarentur.

PL 5, 92A

そして、この事柄の重大さを見よ。実に、私の聞くところでは、司教たちの最も大きな会議において、異端から来る者はまずカトリックの教えを受けて導かれ、次いで洗礼によって古く汚れた酵母の穢れから清められるべきであると定められている。

6

De his omnibus illum rogans et obtestans litteras misi. 2. Sed et dilectis compresbyteris nostris Dionysio et Philemoni, qui prius cum Stephano consentiebant, deque iisdem ad me scripserant, antea quidem paucis, nunc vero pluribus rescripsi.

PL 5, 92A

これらすべてについて彼に懇願し、誓って求めながら、私は書簡を送った。そして、以前はステファヌスに同意していたが、同じ事柄について私に書き送ってきていた、我々の愛する同僚司祭たちであるディオニュシオスとフィレモンにも、以前は少しばかり、そして今はより多くのことを書き送った。

7

Καὶ τοῖς ἀγαπητοῖς δὲ ἡμῶν καὶ συμπρεσβυτέροις Διονυσίῳ καὶ Φιλήμονι, συμψήφοις πρότερον Στεφάνῳ γενομένοις, καὶ περὶ τῶν αὐτῶν μοι γράφουσι, πρότερον μὲν ὀλίγα, καὶ νῦν δὲ διὰ πλετόνων ἐπέστειλα. [0091] In eadem epistola de Sabellianis haereticis, inquit Eusebius, Histor., lib. VII, c.

PL 5, 92A

そして、我々の愛する者たちであり同僚司祭でもあるディオニュシオスとフィレモン——以前はステファヌスと同じ票を投じた者たちであり、同じ事柄について私に書き送ってくる者たちである——にも、以前は少しばかり、いまはより多くの言葉をもって、私は書き送った。同じ書簡の中でサベリウス派の異端者たちについて、とエウセビオスは『教会史』第7巻で述べている。

8

6, ut pote qui tunc increbescant, Xistum certiorem facit his verbis. 3. Nam cum de doctrina, quae nuper apud Ptolemaidem urbem Pentapoleos mota est, impia et plena blasphemiae in Deum omnipotentem et patrem Domini nostri Jesu Christi, plena incredulitatis et perfidiae erga filium ejus unigenitum et primogenitum omnis creaturae Verbum hominem factum, et quae Spiritus sancti aufert intelligentiam: cum ab utraque parte et litterae ad me allatae essent, et fratres disceptaturi venissent, quantum Deo donante potui, planius edisserens, quasdam scripsi litteras; quarum exempla ad te misi.

PL 5, 92A

当時これらの異端者たちが増えつつあったため、その第6章で、クシストゥスに次の言葉をもって知らせている。実に、ペンタポリスのプトレマイスという町において最近起こった教えについて——それは全能の神、我々の主イエス・キリストの父に対する不敬と多くの冒瀆に満ち、その独り子にしてすべての被造物の初子である御子、すなわち人となった言葉に対する多くの不信と欺きに満ち、聖なる霊についての無理解を伴うものであった——双方から私のもとへ書簡が届き、論争しようとする兄弟たちも来たので、神が許してくださる限り、私にできる限りのことをなし、いっそう教え諭すように説き明かしながら、いくつかの書簡を書いた。その写しをお前に送った。

Epistola II

第II書簡PL 5, 92A
1

Ego vero haereticorum libris legendis ac traditionibus ediscendis operam dabam, ad horam quidem exsecrandis illorum sententiis animum meum coinquinans, hanc tamen ex iis utilitatem percipiens, ut eos apud me refutarem, et multo amplius detestarer.

PL 5, 92A

私はと言えば、異端者たちの書物を読み、その伝承を学び取ることに力を注いでいた。彼らの呪うべき教えによって、しばらくの間は自分の心を汚しもしたが、それでもそこから、彼らを自分自身のうちで論駁し、いっそう多く忌み嫌うようになるという益を得た。

2

Et cum frater quidam ex ordine presbyterorum me deterreret, ac vereretur ne eidem nequitiae coeno commiscerer; quippe animum meum contaminatum iri, aiebat et quidem vere, ut ipse sentiebam: visione divinitus missa confirmatus sum, et sermo ad me factus diserte mihi praecepit dicens: Lege omnia quaecumque in manus venerint: idoneus enim es qui singula corrigas ac probes: et hinc tibi primum credendi causa et occasio exstitit.

PL 5, 92A

そして、司祭団に属するある兄弟が私を思いとどまらせようとし、私が同じ悪の泥にまみれるのではないかと恐れた。実に私の心が汚されるだろうと彼は言ったが、それは私自身も感じていたとおり、まことのことであった。しかし私は、神から遣わされた幻によって力づけられた。私に向かって語りかけがあり、はっきりと私に命じてこう言った。『手にするものはすべて読め。おのおのを正し、吟味するにふさわしい者だからである。そしてこのことが、お前にとって、初めから信じることの理由と機縁ともなったのだ』。

3

Visionem hanc suscepi, ut quae apostolicae voci consentiret, quosque majori virtute praeditos ita compellanti: Estote periti numularii (I Thes., XXI, 21) .

PL 5, 92A

私はこの幻を、使徒の声と一致するものとして受け入れた。その声は、より大きな力を授かった者たちに、こう呼びかけている。『汝ら、熟練した両替商であれ』(一テサロニケ21:21)。

  • ミーニュは一テサロニケ21章21節と刷るが、同書は五章までである。引用の語句は聖書本文には見えず、古くから伝わる主の言葉として引かれるもので、注は同書5章21節を指すものと思われる。
4

Ἐγὼ δὲ καὶ τοῖς συντάγμασι καὶ ταῖς παραδόσεσι τῶν αἱρετικῶν ἐνέτυχον, χραίνων μέν μου πρὸς ὀλίγον τὴν ψυχὴν ταῖς παμμίαροις αὐτῶν ἐνθυμήσεσιν ὄνησιν δ' οὖν ἀπ' αὐτῶν ταύτην λαμβάνων, τὸ ἐξελέγχειν αὐτοὺς παρ' ἑμαυτῷ, καὶ πολὺ πλέον βδελύττεσθαι. καὶ δή τινος ἀδελφοῦ τῶν πρεσβυτέρων με ἀπείργοντος καὶ δεδιττομένου συμφύρεσθαι (al. συμφέρεσθαι) τῷ τῆς πονηρίας αὐτῷ βορβόρῳ· λυμανεῖσθαι γὰρ τὴν ψυχὴν τὴν ἑμαυτοῦ, καὶ ἀληθῆ γε λέγοντος, ὡς ἠσθόμην, ὅραμα θείπεμπτον προσελθὸν ἐπέῤῥωσέ με. καὶ λόγος πρός με γενόμενος προσέταξε διαῤῥήδην λέγων, πᾶσιν ἐντύγχανε οἷς ἂν εἰς χεῖρας λάβοις. διευθύνειν γὰρ ἕκαστα καὶ δοκιμάζειν ἱκανὸς εἶ. καί σοι γέγονε τοῦτο ἐξαρχῆς καὶ τῆς πίστεως αἴτιον. ἀπεδεξάμην τὸ ὅραμα, ὡς ἀποστολικῇ φωνῇ συντρέχον τῇ λεγούσῃ πρὸς τοὺς δυνατωτέρους, γίνεσθε δόκιμοι τραπεζῖται. [0091] Deinde, inquit Eusebius, nonnulla de omnibus haeresibus interlocutus subdit.

PL 5, 92A

私はと言えば、異端者たちの書物にも伝承にも自ら当たった。しばらくのあいだは、彼らのこのうえなく汚らわしい考えによって自分の魂を汚しはしたが、それでもそこから、彼らを自分自身のうちで論駁し、いっそう多く忌み嫌うという益を得たのである。そして、司祭たちのうちのある兄弟が私を押しとどめ、その悪の泥そのものにまみれることを恐れさせた〔底本は別読 συμφέρεσθαι を併記する。συμφύρεσθαι に従った〕。自分の魂が損なわれるだろう、というのである。私も感じていたとおり、それはまことのことであった。そのとき、神から遣わされた幻が現れて私を力づけた。そして私に臨んだ語りかけが、はっきりとこう命じて言った。『手に取るものはすべて読め。おのおのを正し、吟味するに足る者だからである。そしてこのことは、お前にとって、初めから信仰そのものの因ともなったのだ』。私はこの幻を、使徒の声と合致するものとして受け入れた。その声は、より力ある者たちに向かってこう言っている。『吟味に堪える両替商となれ』。それから、とエウセビオスは言う、あらゆる異端について少しく論じたのち、次のように付け加えている。

5

Hanc ego regulam et formam a beato papa nostro Heracla accepi. Eos enim qui ab haeresibus veniebant, etiamsi ab Ecclesia defecissent, immo nec defecissent, sed cum coetus fidelium frequentare viderentur, insimulati essent quod perversae doctrinae magistros audituri adirent, ejectos ab Ecclesia, post multas preces non prius admisit, quam quaecumque ab adversariis audierant, palam publiceque enarrassent.

PL 5, 92C

この規範と型を、私は我々の祝福された父ヘラクラスから受け継いだ。すなわち、異端から来た者たちについて——たとえ彼らが教会から離れていたとしても、いや離れていなくとも、信徒たちの集会にたびたび出入りしているように見えながら、誤った教えの教師たちのもとへ話を聞きに行っていたと告発された者たちについては——彼は教会から追い出したうえで、多くの懇願ののちも、彼らが敵対者たちから聞いたことのすべてを公然と人前で語り尽くすまでは、決して受け入れなかった。

6

Tum demum ad coetus fidelium eos admisit, nequaquam ab eis petens ut baptismum iterato susciperent. Quippe jam antea Spiritum sanctum ab ipso acceperant.

PL 5, 93A

そうしてようやく、彼は彼らを信徒たちの集会へ迎え入れたが、彼らに洗礼を改めて受けるようにと求めることは決してなかった。なぜなら、彼らはすでにそれ以前に、彼から聖なる霊を受けていたからである。

7

Τούτον ἐγὼ τὸν κανὸνα καὶ τὸν τύπον παρὰ τοῦ μακαρίου πάπα ἡμῶν Ἡρακλᾶ παρέλαβον. τοὺς γὰρ προσιὸντας ἀπὸ τῶν αἱρέσεων, καί τοι τῆς ἐκκλησίας ἀποστάντας, μᾶλλον δὲ οὐδὲ ἀποστάντας, ἀλλὰ συνάγεσθαι μὲν δοκοῦντας, καταμηνυθέντας δὲ ὡς προσφοιτῶντας τινι τῶν ἑτεροδιδασκαλούντων, ἀπελάσας τῆς ἐκκλησίας, δεομένους οὐ προσήκατο, ἕως δημοσίᾳ πάντα ὅσα ἀκηκόασι παρὰ τοῖς ἀντιδιατιθεμένοις, ἐξέφραταν· καὶ τότε συνήγαγεν αὐτῶν ἑτέρου βαπτίσματος· τοῦ γὰρ ἁγίου πνεύματος πρότερον παρ' αὐτοῦ τετυχήκεσαν. [0093] Rursus hac quaestione abunde ventilata subjicit.

PL 5, 93A

この規範と型を、私は我々の祝福された父ヘラクラスから受け継いだ。すなわち彼は、異端から来る者たちを——たとえ教会から離れていたとしても、いや離れてはおらず、集会に加わっているように見えながら、異なる教えを説く者の一人のもとへ通っていると密告された者たちであっても——教会から追い払い、彼らが懇願しても受け入れなかった。彼らが、敵対する者たちのもとで聞いたことのすべてを公然と言い表すまでは、である。そしてそのときになって、彼らを集会に迎え入れたのであって、彼らについて別の洗礼を求めることは全くしなかった〔底本のギリシア語はここで語が落ちているらしく構文が取れない。隣欄のラテン語訳 nequaquam ab eis petens に拠って補った〕。なぜなら彼らは、すでにそれ以前に、彼から聖なる霊を受けていたからである。この問いを改めて十分に論じたのち、彼はさらに付け加えている。

8

Illud praeterea didici, non nunc primum apud Afros tantum hunc morem fuisse invectum, sed et multo antea superiorum episcoporum temporibus apud populosissimas ecclesias; idque synodis fratrum Iconii et Synadae habitis, necnon quam plurimis placuisse.

PL 5, 94A

さらに私はこのことも知った。この慣行が持ち込まれたのは、今アフリカ人たちのもとで初めてのことではなく、はるか以前、先代の司教たちの時代にも、最も人口の多い教会において行われていたこと、そしてこれが、イコニウムとシュナダで開かれた兄弟たちの教会会議において、また非常に多くの人々のもとでも、よしとされていたことである。

9

Quorum subvertens sententias, in jurgia eos et contentiones conjicere nolim. Dictum est enim: Non transferes terminos proximi tui, quos posuerunt patres tui (Deut., XIX, 14) .

PL 5, 94A

彼らの決定を覆すことで、彼らを争いと確執に投げ込むことを、私は望まない。なぜなら、こう言われているからである。『汝の父祖たちが定めた、隣人の境界を移してはならない』(申命記19:14)。

10

Μεμάθηκα καὶ τοῦτο, ὅτι μὴ νῦν οἱ ἐν Ἀφρικῇ μόνον τοῦτο παρεισήγαγον, ἀλλὰ καὶ πρὸ πολλοῦ κατὰ τοὺς πρὸ ἡμῶν ἐπισκόπους ἐν ταῖς πολυανθρωποτάταις ἐκκλησίαις, καὶ ταῖς συνόδοις τῶν ἀδελφῶν, ἐν Ἰκονίῳ, καὶ Συνάδοις, καὶ παρὰ πολλοῖς τοῦτο ἔδοξεν. ὧν τὰς βουλὰς ἀνατρέπων, εἰς ἔριν καὶ φιλονεικίαν αὐτοὺς ἐμβαλεῖν οὐχ ὑπομένω. οὐ γὰρ μετακνήσεις, φησὶν, ὅρια τοῦ πλησίον σου, ἃ ἔθεντο οἱ πατέρες σου.

PL 5, 94A

私はこのことも知った。すなわち、これを持ち込んだのは、いまアフリカにいる者たちが初めてではなく、はるか以前、我々より前の司教たちの時代にも、最も人の多い教会において、また兄弟たちの教会会議において、イコニウムでも、シュナダでも、また多くの者たちのもとでも、そのようによしとされた、ということである。彼らの決議を覆して、彼らを争いと言い争いへ投げ込むことに、私は耐えられない。『汝の父祖たちが定めた、汝の隣人の境を移してはならない』と言われているからである。

Epistola III

第III書簡PL 5, 94B
1

Novatianum merito adversandum docet ob schisma, ob dogma impium, ob iteratum baptisma ad se venientium.

PL 5, 94B

ノウァティアヌスに、離教のゆえに、不敬な教えのゆえに、また自分のもとに来る者たちに洗礼を繰り返し授けているそのゆえに、当然にも敵対すべきであると教える。

2

Nam Novatianum merito aversamur qui Ecclesiam discidit, et ex fratribus quosdam ad impietatem et blasphemias pertraxit; qui impiissimam de Deo doctrinam in orbem invexit, et clementissimum Dominum nostrum Jesum Christum quasi immisericordem calumniatur; ac praeter haec omnia sacrum lavacrum irritum habet ac rejicit, fidemque et confessionem, quae baptismo praemittuntur, subvertit, et Spiritum sanctum ab iis penitus fugat, etiamsi spes aliqua subsit; vel quod in illis permanserit, vel quod ad eos reversus sit.

PL 5, 94B

実に、我々がノウァティアヌスを当然にも忌み嫌うのは、彼が教会を分裂させ、兄弟たちのうちの幾人かを不敬と冒瀆へと引き込んだからであり、神について、このうえなく不敬な教えを世にもたらし、このうえなく慈しみ深い我々の主イエス・キリストを、まるで憐れみを知らぬ者であるかのように中傷したからである。そしてこれらすべてに加えて、彼は聖なる洗いを無効なものとみなして退け、洗礼に先立つ信仰と告白を覆し、たとえ彼らのうちに聖なる霊がとどまっていた、あるいは彼らのもとへ立ち返ったという望みがいくらかあったとしても、彼らから聖なる霊を完全に追い払っているからである。

3

Νουατιανῷ μὲν γὰρ εὐλογως ἀπεχθανόμεθα, διακοψαντι τὴν ἐκκλησίαν, καί τινας τῶν ἀδελφῶν εἰς ἀσεβείας καὶ βλασφημίας ἐλλκύσαντι, καὶ περὶ τοῦ Θεοῦ διδασκαλίαν ἀνοσιώτατην ἐπεισκυκλήσαντι, καὶ τὸν χρηστότατον κύριον ἡμῶν Ἰησοῦν Χριστὸν ὡς ἀνηλεῆ συκοφαντοῦντι, ἐπὶ πᾶσι δὲ τούτοις τὸ λουτρὸν ἀθετοῦντι τὸ ἅγιον, καὶ τήν τε πρὸ αὐτοῦ πίστιν καὶ ὁμολογίαν ἀνατρέποντι, τὸ τε πνεῦμα τὸ ἅγιον ἐξ αὐτῶν, εἰ καί τις ἦν ἐλπὶς τοῦ παραμεῖναι ἤ ἐπανελθεῖν πρὸς αὐτοὺς, παντελῶς φυγαδεύοντι.

PL 5, 95A

実に、我々がノウァティアヌスを憎むのはもっともなことである。彼は教会を断ち割り、兄弟たちのうちの幾人かを不敬と冒瀆へと引きずり込み、神についてこのうえなく瀆聖的な教えを持ち込み、このうえなく慈しみ深い我々の主イエス・キリストを、憐れみを知らぬ者であるかのように誹謗し、そしてこれらすべてに加えて、聖なる洗いを退け、それに先立つ信仰と告白とを覆し、たとえ聖なる霊が彼らのもとにとどまる、あるいは彼らのもとへ立ち返るという望みがいくらかあったとしても、その霊を彼らから完全に追い払っているからである。

Epistola IV

第IV書簡PL 5, 96A
1

[0095] De homine qui baptismo Ecclesiae initiari expetebat, cum baptismum aliis verbis ac rebus apud haereticos suscepisse se diceret. Vere etenim, frater, consilio opus habeo, et sententiam tuam expeto, ne forte halluciner, super negotio quod mihi tale accidit.

PL 5, 96A

教会の洗礼によって入信することを望んでいた、ある人について。彼は、異端者たちのもとで、これとは異なる言葉と儀式によって洗礼を受けたと述べていたのである。まことに兄弟よ、私には助言が必要であり、お前の判断を求めている。私に起こったこの出来事について、もしや思い違いをしていないかと恐れているのである。

2

Quidam ex fratribus, qui ad ecclesiam conveniunt, jam pridem pro fideli habitus, et qui ante meam ordinationem, ac ni fallor, ante ipsius quoque Heraclae episcopatum coetus fidelium particeps fuerat, cum interfuisset baptismo eorum qui nuper baptizabantur, et interrogationes responsionesque audisset, ad me accessit flens et vicem suam ingemiscens.

PL 5, 96A

教会に集う兄弟たちのうちのある者は、すでに久しく信徒と見なされており、私の按立以前から、そして私の思い違いでなければ、あのヘラクラスの司教職以前からも、信徒たちの集会に加わっていた者であったが、近ごろ洗礼を受けていた者たちの洗礼に立ち会い、その問答を聞いたのち、泣きながら、また自らの境遇を嘆きながら、私のもとへやって来た。

3

Pedibusque meis advolutus, confiteri atque dejerare coepit, baptismum quo apud haereticos initiatus fuerat, non hujusmodi esse, neque quidquam omnino habere cum hoc nostro commune: quippe plenum fuisse impietatis et blasphemiae.

PL 5, 96A

そして私の足もとにひれ伏し、自分が異端者たちのもとで受けた洗礼はこのようなものではなく、我々のこの洗礼とは何ら共通するところがないと、告白し誓いはじめた。なぜなら、それは不敬と冒瀆に満ちたものであったからである。

4

Aiebatque animum suum acerbissimo doloris sensu compungi, ac ne oculos quidem ad Deum attollere se audere, quod scelestis illis verbis ac rebus initiatus fuisset. Quapropter exorabat, ut hoc purissimo lavacro susceptione et gratia donaretur.

PL 5, 96A

そして、自分の心はこのうえなく激しい痛みの思いに刺し貫かれており、あの邪悪な言葉と儀式によって入信させられたことのゆえに、神へと目を上げることさえ、あえてしようとは思わないと言った。そのため、このうえなく清らかな洗いを受け、その恩寵にあずかることを許してほしいと懇願した。

5

Quod ego quidem facere non sum ausus; sed diuturnam illi communionem ad id satis fuisse dixi.

PL 5, 97A

しかし私は、それをあえて行おうとはしなかった。そうではなく、彼にとっては、長きにわたる交わりがそのために十分であったと告げた。

6

Nam qui gratiarum actionem audierit, et qui cum caeteris responderit Amen; qui ad sacram mensam adstiterit, et manus ad suscipiendum sanctum cibum porrexerit, atque illum exceperit, et corporis et sanguinis Domini nostri Jesu Christi particeps fuerit diutissime, eum adhuc de integro renovare non ausus fuerim.

PL 5, 97A

なぜなら、感謝の祈りを聞き、他の者たちとともに『アーメン』と答え、聖なる食卓のもとに立ち、聖なる食物を受けるために手を差し伸べてこれを受け、我々の主イエス・キリストの体と血とに、このうえなく長くあずかってきた者を、私は今なお改めて一から新しくしようとは思わないからである。

7

Porro illum bono animo esse jussi, et cum firma fide ac bona conscientia accedere ad Sancta, et participem eorum fieri. Verum ille lugendi finem non facit, et ad mensam accedere exhorrescit, vixque rogatus interesse orationibus sustinet.

PL 5, 97A

そこで私は、彼に安んじているようにと命じ、確固たる信仰と良い良心をもって聖なるものに近づき、それにあずかるようにと告げた。しかし彼は嘆きをやめず、食卓に近づくことを恐れおののき、ようやく懇願されて祈りに列することに耐えているだけである。

8

Καὶ γὰρ ὄντως, ἀδελφὲ, συμβουλῆς δέομαι, καὶ γνώμην αἰτῶ παρὰ σοῦ, τοιούτου τινός μοι προσελτόντος πράγματος, δεδιὼς μὴ ἄρα σφάλλωμαι. τῶν γὰρ συναγομένων ἀδελφῶν πιστὸς νομιζόμενος ἀρχαῖος καὶ πρὸ τῆς ἐμῆς χειροτονίας, οἶμαι δὲ καὶ πρὸ τῆς τοῦ μακαρίου Ἡρακλᾶ καταστάσεως τῆς συναγωγῆς μετασχὼν, τοῖς ὑπὸγνον βαπτιζομένοις παρατυχὼν, καὶ τῶν ἐπερωτήσεων καὶ ἀποκρίσεων ἐπακούσας, προσῆλτέ μοι κλαίων καὶ καταθρηνῶν ἑαυτόν.

PL 5, 99A

まことに兄弟よ、私には助言が必要であり、お前に判断を求めている。このような出来事が私に起こったからであり、私は誤りを犯しはしないかと恐れているのである。というのも、集会に集う兄弟たちのうちの一人、久しく信徒と見なされてきた者で、私の按手以前から、また思うに祝福されたヘラクラスが立てられる以前から集会に加わっていた者が、近ごろ洗礼を受ける者たちの場に居合わせ、その問いと答えとを聞いて、泣きながら、また自らを嘆きながら、私のもとへやって来たからである。

9

Καὶ πίπτων πρὸ τῶν ποδῶν μου, ἐξομολογούμενος μὲν καὶ ἐξομνύμενος τὸ βάπτισμα, ὅ παρὰ τοῖς αἱρετικοῖς βεβάπτιστο, μὴ τοιοῦτον εἶναι, μὴ δὲ ὅλως ἒχειν τινὰ πρὸς τοῦτο κοινωνίαν· ἀσεβείας γὰρ ἐκείνο καὶ βλασφημιῶν πεπληρῶσθαι.

PL 5, 99A

そして私の足もとに倒れ伏し、告白し、また誓って言うのであった。自分が異端者たちのもとで受けたあの洗礼はこのようなものではなく、これとは何の交わりも全く持たない、あれは不敬と数々の冒瀆に満ちていたのだ、と。

10

Λέγων δὲ πάνυ τι τὴν ψυχὴν νῦν κατανενύχται, καὶ μὴ δὲ παῤῥησίαν ἔχειν ἐπᾶραι τοὺς ὀφταλμοὺς πρὸς τὸν Θεὸν, ἀπὸ τῶν ἀνοσίων ἐκείνων ῥημάτων καὶ πραγμάτων ὁρμώμενος· καὶ διὰ τοῦτο δεόμενος τὴς εἰλικρινεστάτης ταύτης καθάρσεως καὶ παραδοχῆς καὶ χάριτος τυχειν· ὅπερ ἐγῶ μὲν οὐκ ἐτόλμησα ποιῆσαι, φήσας αὐτάρκη τὴν πολυχρόνιον αὐτῷ κοινωνίαν εἰς τοῦτο γεγονέναι. ἐυχαριστίας γὰρ ἐπακούσαντα, καὶ συνεπιφθεγξάμενον τὸ ἀμὴν, καὶ τραπέζῃ παραστάντα, καὶ χείρας εἰς ὑποδοχὴν τῆς ἁγίας τροφῆς προτείναντα, καὶ ταύτην καταδεξάμενον, καὶ τοῦ σῶματος καὶ τοῦ αἵματος τοῦ κυρίου ἡμῶν Ἰησοῦ Χριστοῦ μετασχόντα ἱκανῷ χρόνῳ, οὐκ ἂν ἐξ ὑπαρχῆς ἀνασκευάζειν ἔτι τολμήσαιμι· θαρσεῖν δὲ ἐκέλευον, καὶ μετὰβεβαίας πίστεως, καὶ ἀγαθῆς συνειδήσεως τῇ μετοχῇ τῶν ἁγίων προσιέναι. ὁ δὲ οὔτε πεντῶν πἀνεται· πέφρικέ τε τῇ τραπέζῃ προσιέναι· καὶ μόλις παρακαλούμενος συνεστάναι ταῖς προσευχαῖς ἀνέχεται. [0099]

PL 5, 99A

そして彼は言った。自分の魂はいま深く刺し貫かれており、あの瀆聖的な言葉と行いとから出てきた者として、神へ目を上げる憚りなさすら持たない、と。そしてそのために、このうえなく混じり気のないこの清めと、受け入れと、恩寵とにあずかることを願ったのである。しかし私は、それをあえて行おうとはしなかった。長きにわたる交わりが彼にとってはそのために足りていた、と言ったのである。というのも、感謝の祈りに耳を傾け、ともに『アーメン』と唱え、食卓のもとに立ち、聖なる糧を受けるために手を差し伸べてこれを受け取り、我々の主イエス・キリストの体と血とに十分に長くあずかってきた者を、私は今さら一から作り直そうとは思わないからである。そこで私は、彼に心強くあるようにと命じ、確固たる信仰と善き良心とをもって、聖なるものにあずかるべく近づくようにと言った。しかし彼は嘆くことをやめず、食卓に近づくことに身をすくませ、懇願されてようやく、祈りの場に共に立つことに耐えているだけである。