ギリシア教父使徒教父スミュルナ殉教者
- 生没
- 69年頃 – 155年頃
- 地
- スミュルナ(小アジア)
- 公開
- 1 作品 · 38 節
経歴
スミュルナの監督であった。エイレナイオスは若い頃に彼の話を聞いたと書き、ポリュカルポスが使徒ヨハネと交わったと伝えている。
イグナティオスを直接知っていた。110年頃、ローマへ護送されるイグナティオスを迎え、その手紙の一通を宛てられた。イグナティオス書簡が現存するのは、ポリュカルポスがその写しを集めてフィリピの教会に送ったからである——『ピリピ人への手紙』13章がその経緯を記している。
155年頃、スミュルナの競技場で火刑に処された。その最期を記した『ポリュカルポス殉教録』は、現存する最古の殉教録である。
『ピリピ人への手紙』
現存する唯一の著作である。フィリピの教会に宛てた短い手紙で、義への勧め、共同体の各層への勧告、仮現論への警告、そして長老ウァレンスの不祥事への嘆きが記される。
ほとんど新約聖書の言い回しでできている。パウロ書簡、ペトロの手紙一、ヨハネの手紙一からの句が、出典を示さずに次々と織り込まれる。二世紀前半にどの文書が読まれていたかを知る手がかりになる。
ギリシア語では全部が伝わっていない。写本は第9章の途中で途切れ、第13章だけがエウセビオス『教会史』の引用として残る。残りは古ラテン語訳でしか読めない。