- 生没
- — – —
- 地
- ローマ
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- 1 作品 · 727 節
経歴
分かっていることは、ほとんど『牧者』の中にしかない。育ての親に売られてローマへ来た奴隷であり、のちに解放されて商いで財を成し、また失った。妻と子があり、その子らは信仰から離れた——書はそう語る。これを自伝として読むか、書の仕掛けとして読むかは、今も定まっていない。
外からの証しは一つある。2世紀後半の『ムラトリ断片』が、ローマ司教ピウス(在位140年代)の兄弟ヘルマスが最近この書を著したと記す。ただしこれは書の年代を新しく見せて正典から外すための記述とも読めるので、そのまま採れない。
書自身はクレメンスに写しを託せと言っており、こちらは1世紀末を指す。現在は、材料が複数の時期にまたがり、2世紀前半に今の形にまとまったと見るのが穏当である。
『牧者』
幻5・戒め12・譬え10の三部からなる、悔い改めをめぐる啓示文学である。老婦人が現れて書を渡し、塔が建てられるのを見せる。やがて牧者の姿をした「悔い改めの天使」が現れ、戒めと譬えを口述する。
中心にあるのは一つの問いである——洗礼のあとに罪を犯した者は、もう一度赦されるか。『牧者』は一度だけ許されると答えた。この答えが古代教会の悔悛規律を決定づけ、のちにテルトゥリアヌスがこれを激しく攻撃することになる。
文章は素朴で、同じ言い回しが繰り返される。修辞の訓練を受けた書き手のものではない。そのことが、かえってこの書を2世紀ローマの信徒の宗教生活を内側から見せる史料にしている。
どう読まれてきたか
古代教会で最も広く読まれた書物の一つである。エイレナイオスとアレクサンドリアのクレメンスは「聖書」として引き、4世紀のシナイ写本は新約聖書に続けてこれを収めている。
しかし正典には入らなかった。エウセビオスは異論のある書に数え、ヒエロニュムスはギリシア語圏でよく読まれるがラテン語圏では知られていないと記す。テルトゥリアヌスは、悔い改めを二度許すこの書を「姦通者の牧者」と呼んで退けた。
本文の伝わり方も苦しい。まとまったギリシア語写本はアトス写本一つだけで、それも書の終わり近くで途切れる。残りは古ラテン語訳でしか読めない。