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ゾシムス Zosimus papa

Pope Zosimus · 417年から418年までのローマ司教。ペラギウス派のカエレスティウスとペラギウスの申し開きをいったん受け入れたが、アフリカの司教たちの抗議ののち二人を断罪した。アルルの司教にガリアでの大きな権限を認めた。

ローマ司教
生没
不詳 – 418年
地
ローマ
公開
2 作品 · 179 節

経歴

ゾシムス(Zosimus)は『教皇の書』によればギリシア人で、417年3月、インノケンティウス1世の没後にローマ司教となった。在位は1年9か月ほどで、418年12月に没した。

就任の直後、アルルの司教パトロクルスに、ガリアから旅する聖職者に推薦状を与える特権と、ウィエンヌと二つのナルボネンシスで司教を叙階する首都大司教の権限を認め、これに従わないマルセイユのプロクルスやナルボンヌのヒラリウスを退けた。

ペラギウス論争では、ローマに来たカエレスティウスと、書簡と信仰告白を送ったペラギウスの申し開きを受け入れ、二人を訴えたアフリカの司教たちを戒めた(417年)。アフリカの司教たちが抗議し、418年4月にホノリウス帝が勅令でペラギウス派を退けると、ゾシムスも二人を断罪する回状(いわゆる『トラクトリア』、断片だけが伝わる)を出した。シッカの司祭アピアリウスの上訴をめぐって、ニカイア公会議の規定としてサルディカの会議の規定を示し、アフリカの教会と争った。

PL 20(639–704欄)に、ミーニュがコスタンの版から彼の書簡と教令、教令の摘要、彼に帰せられた偽作の書簡を収める。

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