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ルーアンのウィクトリキウス Victricius Rotomagensis

Victricius of Rouen · 4世紀末のルーアンの司教。軍務を捨ててキリスト者として生き、北ガリアの宣教に努めた。ミラノのアンブロシウスから贈られた聖遺物を迎えた説教『聖人たちの賛美について』が伝わる。ノラのパウリヌスの友。

司教説教者
生没
c. 330年 – c. 407年
地
ルーアン(ロトマグス)
公開
1 作品 · 168 節

経歴

ウィクトリキウス(Victricius)は若くして軍に仕えたが、キリスト者として武器を捨て、そのために罰を受けたと、友人のノラのパウリヌスが書簡(『書簡』18)で伝えている。のちにルーアン(ロトマグス)の司教となり(380年代)、北ガリアの宣教と修道の生活の普及に努めた。

396年ごろ、ブリタニアの司教たちの争いを鎮めるために招かれて海を渡った。戻ると、ミラノのアンブロシウスが送った使徒と殉教者たちの聖遺物を迎え、その折の説教が『聖人たちの賛美について』である。のちに教えの正しさを疑われてローマに赴き、404年ごろ教皇インノケンティウス1世から教会の規律についての書簡を受けた。407年ごろに没したとされる。

PL 20(437–458欄)にミーニュはルブフの版により『聖人たちの賛美について』を収める。

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