ラテン教父殉教者註解者
- 生没
- — – 304年頃
- 地
- ペタウ(現スロヴェニア、プトゥイ)
- 公開
- 2 作品 · 341 節
経歴
ドナウ河畔ペタウの司教。ディオクレティアヌスの迫害で殉教したと伝えられる。ヒエロニュムスは彼について「ギリシャ語ほどにはラテン語をよくしなかった」と評している。
ラテン語で書かれた聖書註解として、現存するもののうち最も古い。『ヨハネ黙示録註解』と『世界の造りについての断片』が伝わる。
本文について
ミーニュが刷る『ヨハネ黙示録註解』は、ヒエロニュムスが千年王国説の箇所を改めた改訂版であり、ウィクトリヌス自身の本文そのままではない。
『世界の造りについての断片』は、創世記の七日間を数の意味として読む。七日、週の各日に結び付けられた天体・預言者・徳、そして四・七・十二という数。数そのものが議論であり、訳でも数を丸めていない。