聖人伝作家歴史家修道者
- 生没
- c. 363年 – c. 425年
- 地
- アクィタニア(南西ガリア)
- 公開
- 4 作品 · 1544 節
経歴
スルピキウス・セウェルス(Sulpicius Severus)は、アクィタニアの名家に生まれ、ボルドーで修辞学を学んで弁護士として名を得た。執政官の家柄の裕福な家の娘と結婚したが、妻は若くして世を去った。
妻の死ののち、390年代の半ばに財産を手放して修道の生活に入った。トゥールの司教マルティヌスを訪ねてその弟子となり、南ガリアのプリムリアクムの所領で、友人たちとともに祈りと著述の生活を送った。ノラのパウリヌスとは親しく書簡を交わした。
マルティヌスの存命中に『マルティヌス伝』を書き(396–397年ごろ)、その死(397年)のあとマルティヌスについての書簡三通と『対話』(404年ごろ)を書いた。これらは西方の聖人伝と修道制に大きな影響を与えた。また、天地創造から400年までの聖なる歴史を2巻に要約した『年代記』を書き、その終わりでプリスキリアヌス事件を同時代の証言として語っている。ゲンナディウスは、晩年にペラギウス派に惑わされ、それを悔いて沈黙を守ったと伝える。
PL 20(95–248欄)に、ミーニュが著作集を収める。