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アゲンのフォエバディウス Phoebadius Aginnensis

Phoebadius of Agen · 4世紀のガリアの司教。357年のシルミウムの会議の信条を論駁した『アレイオス派駁論』を書き、ガリアでいち早くニカイアの信仰を守った。

司教反アレイオス派
生没
不詳 – 392年以後
地
アゲン(アギンヌム、ガリア)
公開
1 作品 · 199 節

経歴

フォエバディウス(Phoebadius、Foegadius とも)は、アクィタニアのアギンヌム(今日のフランスのアジャン)の司教である。生没年は分からない。

358年ごろ、前年のシルミウムの会議の信条(ホモウシオスの語を退け、父が子より大きいとした、いわゆる「冒瀆の信条」)に対して『アレイオス派駁論』を書き、ガリアの司教たちがこれを受け入れないよう論じた。ヒラリウスが追放されていたあいだ、ガリアでニカイアの信仰を説いた司教の一人とされる。359年のアリミヌム(リミニ)の会議では、はじめ西方の多数派とともにアレイオス派の定式に抗したが、最後には妥協の定式に署名した。

ヒエロニュムスは『著名者列伝』108(392年)で『アレイオス派駁論』を挙げ、彼が高齢でなお存命だと記す。今日、確かに彼の作とされるのはこの書だけである。PL 20(9–50欄)に、ミーニュがガッランディの版から、この書と彼の名で伝わる『正統信仰について』『信仰の小冊』を収める。

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