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バルセロナのパキアヌス Pacianus Barcilonensis

Pacian of Barcelona · 4世紀後半のバルセロナの司教。ノウァティアヌス派への書簡と悔悛の勧めで知られ、「キリスト教徒は私の名、公同の者は私の姓」の句を残した。

ラテン教父
生没
310年頃 – 390年頃
地
バルセロナ(ヒスパニア)
公開
3 作品 · 508 節

経歴

ヒスパニアのバルセロナの司教。ヒエロニュムスの『著名者列伝』(第106章)によれば、雄弁と学識で知られ、テオドシウス帝の治世に高齢で没した。子のデクステルは近衛長官となり、ヒエロニュムスは『著名者列伝』を彼に献じている。

PL 13 には、ノウァティアヌス派のシンプロニアヌスに宛てた書簡3通(「キリスト教徒は私の名、公同の者は私の姓」はその第1書簡にある)、『悔悛の勧め』、『洗礼についての説教』が収められている。

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