Patristica — 教父文献 日本語対訳 › 著者

オプタティアヌス・ポルフュリウス Publilius Optatianus Porfyrius

Publilius Optatianus Porfyrius · コンスタンティヌス帝の時代のラテン詩人。字数をそろえた文字の格子の中に図形と別の詩句を織り込んだ技巧詩をつくり、帝に献げて流刑を解かれたと伝えられる。

詩人首都長官
生没
不詳 – 4世紀前半(335年ごろか)
地
ローマ
公開
2 作品 · 113 節

経歴

プブリリウス・オプタティアヌス・ポルフュリウス(Publilius Optatianus Porfyrius)は、コンスタンティヌス帝の時代のラテン詩人で、元老院身分の人である。理由はわからないが流刑に処され、流刑の地からコンスタンティヌス帝に技巧詩の一巻を送った。ヒエロニュムス『年代記』は、それによって流刑を解かれたと伝える。帝が詩をほめた返書と、詩人の書簡が伝わる。同じ名の人物が329年と333年にローマの首都長官(praefectus urbi)を務めたことが記録にあり、詩人と同一人物とされる。

詩の多くは、各行の字数をそろえた大文字の格子の中に、色を変えた文字でキリストの組み字(キー・ロー)や船、棕櫚などの図形を描き、その図形をたどると別の詩句が読める「格子詩」(carmina cancellata)である。のちのラバヌス・マウルス『聖十字架の賛美について』などの図形詩の手本となった。ミーニュの PL 19(389–432欄)は、証言集、書簡2通、詩26篇を刷る。

本サイトで公開している著作