ギリシア教父修道士
- 生没
- 345年 – 399年
- 地
- ポントスのイボラ、エジプトのケリア
- 公開
- 1 作品 · 94 節
経歴
エウァグリオス(Evagrius Ponticus)は345年ごろポントスのイボラに生まれた。カイサレイアのバシレイオスに読師に、ナジアンゾスのグレゴリオスに助祭に叙され、381年のコンスタンティノポリスの教会会議のころ首都で活動した。
のちにエルサレムで大メラニアとルフィヌスのもとに身を寄せ、エジプトに移ってニトリアとケリアの砂漠で修道者として暮らし、399年に没した。『修道者のための実践』『祈りについて』などの短い格言の形の著作で東西の修道の伝統に大きな影響を与えたが、そのオリゲネス主義的な教えは553年のコンスタンティノポリス公会議で断罪され、多くの著作はシリア語やラテン語の訳、他の人の名の下に伝わる。
PL 20(1181–1188欄)にミーニュは、ホルステニウス『修道規則集』により『修道者への格言』と『おとめへの勧告』のラテン語訳を、ガリアの修道士エウァグリウスの作と混同して刷る。