ラテン教父
- 生没
- 283年頃(サルディニア) – 371年
- 地
- ヴェルチェッリ(北イタリア)
- 公開
- 2 作品 · 128 節
経歴
サルディニアの生まれとされ、345年頃ヴェルチェッリの最初の司教となった。司教座の聖職者に共同生活をさせたことで知られる。355年のミラノ教会会議でアタナシオスの断罪に署名することを拒み、コンスタンティウス帝によって流刑に処され、パレスチナのスキュトポリス、カッパドキア、上エジプトのテーバイスを転々とした。362年、ユリアヌス帝の下で流刑を解かれ、アレクサンドリアの教会会議に加わったのち、イタリアに戻ってミラノのアウクセンティウスらアレイオス派と争った。
PL 12 には書簡3通と、彼に帰される『三位一体についての信仰告白』が収められている。同じ巻の大部分を占める古ラテン語訳の福音書写本(ヴェルチェッリ写本)は、伝承上エウセビウス自身の筆写とされる。