ローマ司教三位一体論争
- 生没
- — – 268年
- 地
- ローマ
- 公開
- 2 作品 · 68 節
経歴
在位259–268年。ウァレリアヌスの迫害でローマ教会が荒れた直後に選ばれ、破壊された共同体の立て直しに当たった。
同名のアレクサンドリアの司教ディオニュシオスとは別人である。本サイトは PL 5 に両者を収めているので、取り違えないよう著者を別に立てた。
彼の名が残っているのは、三位一体をめぐる裁定による。サベリウス主義(父と子を区別しない)を斥け、同時に子を被造物とする説も斥けた。genitus(生まれた)と factus(造られた)を分ける言い方は、のちのニカイア信条に受け継がれていく。