Patristica — 教父文献 日本語対訳 › 著者

コンスタンティヌス帝 Constantinus Magnus

Constantine the Great · キリスト教を公認し、教会の争いに自ら関わった最初のローマ皇帝。

ローマ皇帝
生没
272年頃 – 337年
地
ナイッスス(現ニシュ)生まれ
公開
3 作品 · 826 節

経歴

副帝コンスタンティウス・クロルスの子。306年、父の死後ブリタンニアで軍に推されて帝位を称え、312年ローマ近郊ミルウィウス橋の戦いでマクセンティウスを破った。313年、リキニウスと共にキリスト教を含む信仰の自由を認める方針を示し(いわゆる「ミラノ勅令」)、324年にリキニウスを破って単独の皇帝となった。325年にニカイア公会議を召集し、330年にコンスタンティノポリスを都とした。337年、死の直前に洗礼を受けた。

PL 8 に刷られた文書

ミーニュはPL 8に、コンスタンティヌスの名で出された勅令・法令、演説、書簡を集めている。ドナトゥス派の分裂をめぐって北アフリカの総督や司教たちに宛てた書簡が多い。ギリシア語で伝わる演説と書簡には、ミーニュがギリシア語とラテン訳を並べて刷っているが、本サイトではラテン語を訳し、その旨を各項に記す。演説『聖徒の集いへの演説』が皇帝自身の作かどうかには議論がある。

本サイトで公開している著作