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アクイレイアのクロマティウス Chromatius Aquileiensis

Chromatius of Aquileia · 4世紀末から5世紀初めのアクイレイアの司教。ヒエロニュムスとルフィヌスの友で、二人に聖書の翻訳と注解を勧め、二人の争いを鎮めようとした。追放されたヨアンネス・クリュソストモスを支えた。マタイ福音書の講話と説教が伝わる。

司教説教者聖書注解者
生没
不詳(4世紀半ば) – c. 407年
地
アクイレイア
公開
3 作品 · 537 節

経歴

クロマティウス(Chromatius)はアクイレイアの人で、母と兄弟エウセビウス、姉妹たちとともに修道の生活を送る家に育った。370年代の初め、ヒエロニュムスはこの家をたたえる書簡を送り、ルフィヌスもこの時期に司祭クロマティウスらのもとで洗礼を受けたと記している。

司祭として381年のアクイレイア教会会議に加わり、アレイオス派の司教パラディウスの審問で発言した。388年ごろ、司教ウァレリアヌスの後を継いでアクイレイアの司教となった。ヒエロニュムスはクロマティウスの求めと援助で旧約の諸書(歴代誌、ソロモンの書、トビト記など)をヘブライ語から訳し、ハバクク書などの注解を献げた。ルフィヌスはエウセビオス『教会史』のラテン語訳をクロマティウスの求めで作った。オリゲネスをめぐってヒエロニュムスとルフィヌスが争うと、両者に沈黙を勧めた。

404年以後、コンスタンティノポリスを追われたヨアンネス・クリュソストモスのために、ローマのインノケンティウス1世、ミラノのウェネリウスとともに西方で弁護に立ち、クリュソストモスから感謝の書簡を受けた。407年ごろに没した。祝日は12月2日。

著作はマタイ福音書の講話と説教が伝わる。PL 20(309–376欄)は1816年のブライダ版により、八つの幸いについての説教とマタイ福音書講話17篇などを収める。20世紀にさらに多くの説教が見つかり、今日の批判版(CCSL 9A)は講話と説教の番号がミーニュと違う。

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