ラテン教会の著作家修道士聖書注解者
- 生没
- 不詳(プロヴァンスの生まれ) – 784年
- 地
- 南イタリア、サン・ヴィンチェンツォ・アル・ヴォルトゥルノ修道院
- 公開
- 1 作品 · 197 節
経歴
プロヴァンスの生まれで、南イタリアのベネヴェント公国にあったサン・ヴィンチェンツォ・アル・ヴォルトゥルノ修道院の修道士となった。のちにその修道院長に選ばれたが(777年ごろ)、修道院の中のフランク人とランゴバルド人の修道士の争いのなかで、まもなく退いたと伝えられる。784年に没した。
主著は10巻の『黙示録注解』で、ほかにマリアの祝日の説教などがある。『悪徳と徳の戦いについて』(Conflictus vitiorum atque virtutum)は、悪徳が語り徳が答える対話の形の短い修徳の書で、中世に広く読まれ、アンブロシウスのほか、アウグスティヌス、教皇グレゴリウス、教皇レオの名でも伝わった。
ミーニュの PL 17 は、アンブロシウス著作集の付録の第二部(ベネディクト会版に入れられなかった小著)に、この書を『悪徳と徳の戦いについての書、シンプリキアヌスへ』の題で刷る(1057C–1074C)。